乳管内視鏡(Mammoscopy)の臨床的有用性
東京医科歯科大学第一外科
長瀬慈村
はじめに  乳癌治療において乳房温存治療が市民権を得た現在、
術前に乳癌の性格・予後を踏まえた正碓で詳細な診断と適切な集学的治療が要求され
るようになってきた。この術前診断の際に最も間題となっているのが、
乳管内癌巣の正確な評価であり
1)、それを直視下に確認できる検査法が乳管内視鏡(Mammoscopy)である2)。
 乳腺における診断および治療は、内視鏡の発達とともに進歩を遂げるであろう
という考えより、当施設では1992年より乳管内視鏡の使用を開始し、
その診断および治療法の向上のために内視鏡の改良、工夫を続けてきている。
ここ4年間に施行した乳管内視鏡的診断および治療症例をもとに、
乳管内視鏡の臨床的有用性について述べる。
[1)から12)の文献一覧]
1.乳管内視鏡の歴史
乳管内視鏡は,1988年にTeboul
3)が、関節鏡(オリンパス光学工業社製、Selfoscope1717-K)
を乳管内に応用した(経皮的)というものが最も早い報告である。
1989年、難波、蒔田ら4)が、乳管専用内視鏡(硬性鏡)を開発し
(乳菅内視鏡、TransnippIe Intraductal Endoscopy:
オリンパス光学工業社製、OES Selfoscope A-7001)、
内視鏡的乳管内生検を導入した。さらに1990年には岡崎ら
5)が膵管鏡用ファイバーを用いて乳管内視鏡システム
(Fiberoptic ductoscopy(FDS)system:(株)フジクラ社製)
を開発し、乳管内微小病変に対する有用性を報告している。
そして1992年に筆者が、同ファイバーを操作性、耐久性、機能性
を考慮し改良を加え開発したものが、
改良型乳管ファイバー(Mammary Duct Fiberscope(MDF):(株)フジクラ社製)
である
6)。さらに現在では、多社の参入もみられ活気づき、
乳管内視鏡は広く普及しつつある。 2.乳菅内視鏡の種類とその比較
 乳管内視鏡には硬性鏡とファイバーおよび半硬性鏡の3種類があるが、
ここでは筆者が使用している半硬性鏡であるMDFを中心に比較をしてみたい(表1)。 表1 乳管内視鏡の比較
硬性鏡 石英ファイバー 半硬性ファイバー(MDF)
径(mm) 1.25 0.40〜0.75 0.65〜1.00
画質
耐久性
操作性
通気口

 硬性鏡とファイバーにはそれぞれ長所、短所がある。前者は操作性がよく、
画像が鮮明であるが、径1.25mmと太いため適応が狭く、
末梢乳管までの観察はできない。後者は径0.40から0.75mmまでの太さであり、
その適応は広く、末梢乳管まで十分観察できるが、
スコープが柔らかく乳管内を自在に操るためにはかなりの熟練とセンスを必要とする。
 そこでこのファイバーの操作性を高めるために、先端部分(約10cm)に厚さ
0.05mmのステンレスをコーティングし、ある程度の硬さをもたせる(半硬性化)
という改良と、直径0.2mmのair channelを設けることにより、
操作中随時送気を可能とするための工夫を加えたものが、
改良型乳管ファイバーMammary Duct Fiberscope(MDF)である。
また、改良前のファイバ一は本来、膵管鏡として用いられていたため、
全長にわたりポリイミドにより極薄のコーティングがなされているのみであったが、
改良型では先端部以外のファイバー部分は保護のためビニールカバーを、
先端の改良部との間にはホルダーを装着した(図1)(図2)
 この改良型を用いた乳管内視鏡検査は、通常、送気は助手に行わせるが、
操作に慣れればoneman methodが可能である(図3)
 MDFは,ファイバーの画素数と鉗子口径により、
MDF-1600(画素数1600、外径0.72mm,鉗子口径0.25mm)、
MDF-1600処置用(画素数1600、外径1.00mm,鉗子口径0.50mm)
およびMDF-10000(画素数10000、外径1.00mm,
鉗子口径0.25mm:1993年12月に作製)の3種類がある。
さらに最近では、より高い画質を追求して焦点深度を深め、
立体感のある画像が得られるようになった。
 当科では、用途に応じて3種類のMDFを使用している。
基本的には画質の良いMDF-10000を使用し、乳管径の細い
症例・内視鏡的腫瘤切除症例にはMDF-1600を、乳管内視鏡下生検細胞診・乳管内視鏡
下腫瘍内局注法症例にはMDF-1600処置用を用いている。
 なお、乳管内視鏡システムは、(株)フジクラ社製FVS-3000を、
光源およびモニターは通常の消化管内視鏡に用いているオリンパス光学工業社製
のものを使用している。
3.乳管内視鏡の適応
 乳管内視鏡の適応は、基本的には異常乳頭分泌のある症例すべてであると
思われるが、その頻度は比較的多い。
教科書的には、外来を訪れる異常乳頭分泌陽性者の頻度は、
5%前後といわれているが、乳管内視鏡に精通する医師が診察した場合は、
人間ドック受診者においてさえも、40%に異常乳頭分泌が認められ、
そのうち約30%(全体の10%強)が、要精査者であった。そこで当科では、
乳管内視鏡の適応は表2のごとくとしている。 表2 乳管内視鏡の適応

1)乳頭分泌物の性状:血性、奬液性
2)乳頭分泌物細胞診:Class II 以上
3)乳頭分泌物中CEA:400ng/ml 以上
4)超音波検査:乳管内腫瘤
5)乳管造影:乳管の途絶、陰影欠損、壁不整
4.乳菅内視鏡の臨床的有用性
 乳管内視鏡の臨床的意義は、乳管内病変の肉眼的診断および直視下生検法と
内視鏡的治療にある。乳管内視鏡の現状、限界と可能性について述べる。
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1.診断
 当科で約4年間に経験した乳管内視鏡症例は、165件115症例117病変である。
その内訳は,乳癌症例が、乳頭腺管癌30例、非浸潤性乳管癌6例の計36例、
良性疾患は、乳管内乳頭腫および乳頭腫症54例、嚢胞内乳頭腫6例、乳輪部腺腫1例、
乳管拡張症20例の計81例であった(表3)。
このうち、代表的な症例の乳管内視鏡所見を他画像診断と細胞診、
病理組織像とともに供覧し、当科で行っている乳管内視鏡下生検法を
合わせて提示する。

表3 乳管内視鏡症例
疾患名 症例数(例)
乳癌 乳頭腺管癌
非浸潤性乳管癌
30(うち嚢胞内乳癌2例)
6(うち嚢胞内乳癌1例)
良性疾患 乳管内乳頭腫
(乳管内乳頭腫症を含む)
嚢胞内乳頭腫
乳頭下腺腫
乳管拡張症
54(うち同乳管内に乳癌を伴ったもの2例)
6
1
20(うち同乳管内に急性炎症を伴ったもの5例)
117
乳管内視鏡件数:165件、115症例、117病変

(東京医科歯科大学第一外科:1992年2月〜1996年3月末)
1)乳管内視鏡所見
 (1)正常乳管
 MDFを用いて観察可能な乳管は、症例により異なるが、
MDF-10000で乳管第3分岐まで、MDF-1600では乳管第6分岐までである。
 乳管内視鏡:主乳管はピンク色表面平滑で毛細血管が透見できる
(内視鏡写真1)
。通常、数cmの部位より乳管の分岐が始まり(内視鏡写真2)
末梢乳管へと分岐が続く。
(2)良性疾患
 a)乳管拡張症(急性炎症を伴うもの)
 乳管内視鏡:乳管拡張症に乳管内の急性炎症を伴ったものでは血性乳頭分泌を
示すことがあり、内視鏡では乳管上皮のびらんを認める(内視鏡写真3)
 b)乳管内乳頭腫
 40歳、女性。左乳頭2時方向より血性乳頭分泌を認めた。乳頭分泌物中CEA値は、1000ng/ml以下とやや高めであった。
 超音波所見:軽度拡張(約3mm)した乳管内に低エコーの乳頭状腫瘤像がみられた
(図4)

 乳管造影:主乳管、第1分岐部にかけて表面細顆粒状で6mm程の陰影欠損像を認めた。乳管壁のひきつれはあるが硬化像はみられず、乳管内乳頭腫と診断した(図5)。 
乳管内視鏡:乳管造影所見に一致する形態を示す黄色調の隆起性病変を認めた
(内視鏡写真4)

診断確定後、乳管内視鏡用JN-バイオプシー・ニードルを用いて経乳頭的腫瘤切除
を施行した(内視鏡写真5)
 乳管内視鏡下生検細胞診:class II(乳管内乳頭腫)であった(図6)
 乳管内視鏡下切除標本組織像:二層性の保たれた乳頭状病変であり、
乳管内乳頭腫の診断であった(図7)

(3)乳癌
 非浸潤性乳管癌
 43歳、女性。左乳頭1時方向より淡血性乳頭分泌を認めた。
乳頭分泌物中CEA値は、400ng/mlであった。
 マンモグラフィ:左外上全領域に微細石灰化を認めた。 
超音波所見:不規則な乳管の拡張と乳管内腫瘤像およびそれに続く低エコー域を
左外上域にみとめた。乳管像の超音波分類7)ではType II bであり、
非浸潤性乳管癌と診断した(図8)
 乳管造影:左外上全域にわたり乳管の拡張と乳管内小陰影欠損の多発、
一部に乳管の途絶と再開通および微細石灰化を認める。
非浸潤性乳管癌と診断(図9)

 乳管内視鏡:主乳管より乳管壁に黄色調の不整な低い隆起の多発および乳管壁の
硬さを認めた(内視鏡写真6)
同隆起性病変よりMDF-1600(処置用)およびJN-乳管内局注針(後述)を
用いた直視下細胞生検法を施行した(内視鏡写真7)
 乳管内視鏡下生検細胞診:Class V(図10)
 病理組織学的所見:乳頭状および篩状の乳管内進展巣を主体とした
非浸潤性乳管癌(図11)
 なお最近では、乳管内進展病巣に対してインジコカーミン(10倍希釈)を
用いた色素内視鏡検査(コントラスト法)を施行し、
境界診断や鑑別診断の補助としている
内視鏡写真8、9:乳管内進展癌巣と色素散布像)。
 しかしながら乳管内視鏡肉眼診断は、まだ確立されたものではなく、
症例を集積し現在確立するための努力をしている最中である。
 2)乳管内視鏡下生検法
 乳管内視鏡下生検法はこれまで種々の工夫がなされてきたが、
現在当科で施行しているのは,筆者が考案し作製させた2種類の針を用いる
方法である。
 一つは、乳管内視鏡用JN-バイオプシー・二ードル(図12)
をMDF-1600の外筒針として用いるもの8)で、
針のside hole内に腫瘤を引き込んだ後、針をrollingさせることにより
腫瘤を切除し、採取する。針の肉厚は0.05mmと極薄で、
先端部サイドホール縁自体がメスの刃様となっているため腫瘤の切除は比較的容易
であり、少なくとも細胞診レベルの採取では90%以上の確率である (図13)
もう一つは、MDF-1600処置用およびJN-乳管内局注針(27G、長さ25cm)
を用いた直視下細胞生検法である。針内径は極めて細いが長さがあるため陰圧が
容易にかけられ,充分な細胞が採取可能である(図14)。  
2.治療への応用
 乳管内視鏡の治療応用9)としては、消化管の内視鏡で考えられるもの、
ポリペクトミー、エタノールや硬化療法剤の注入、レーザー焼灼、粘膜切除術、
あるいは腹腔鏡下手術を含め、すべてがあてはまる。
乳管内視鏡下腫瘤切除は現在までに、特殊な生検針を用いたものや生検鉗子を
用いたものが試みられており、乳管内視鏡下レーザー焼灼も岡崎ら
10)により施行されている。筆者はさらに多種の附属品を考案作製し、
乳管内視鏡下瞳瘍内局注法や腹腔鏡下手術をイメージした
乳管内視鏡下経皮的乳頭腫切除術を施行している。
以下、筆者が行っている方法について示す。  
1)乳管内視鏡下腫瘤切除術
 乳管内視鏡下腫瘤切除法は、乳管内視鏡下生検の延長線上にある。
前述の乳管内視鏡用JN-パイオプシー・二一ドルのサイドホールの先端側刃面を
用いて腫瘤をひっかけ切る感じで施行する。内視鏡にて腫瘤の乳頭よりの距離、
方向および生検針のサイドホールの方向を確認し、
ゆっくりとした操作で腫瘤を切除する。
腫瘤が大きい場合は数回に分けての切除が必要である(内視鏡写真4、5)

 2)乳管内視鏡下経皮的乳頭腫切除術
 MDF-1600処置用を用いて、経乳頭および経皮の2方向よりアプローチし、
腫瘤を切除するものである11)。
まず、超音波ガイド下にエラスター針を腫瘤近く拡張乳管に刺入12)、
乳頭よりMDFを挿入し腫瘤と針を確認した後、MDF送気用チャンネルより
スネークワイヤーを挿入し腫瘤を把持、
次に、皮膚側外筒よりメスを挿入し腫瘤根部を切離した後、
スネークワイヤーにて皮膚側より腫瘤を摘出する(図15)
この方法は,内視鏡下生検にて良性であると診断のついたものにのみ行っている。

 3)乳管内視鏡下腫瘍内局注法
 前述のJN-乳管内局注針を用いた内視鏡下踵瘍内薬液注入法である。
これは、MDF-1600処置用の鉗子口より挿入した針を通して液体を腫瘍内に局注し、
腫瘍を壊死に陥らせるものである。薬液は,キシロカインEあるいは極少量の
エタノールを用いている。
本法もやはり内視鏡下生検にて良性の診断がついたものにのみ施行している。
 腫瘍が1cm以下の場合は乳管内視鏡下腫瘤切除術が、
1cm以上で乳管の拡張著明な場合は乳管内視鏡下経皮的乳頭腫切除術が適しているが 、
乳管内視鏡下腫瘍内局注法はどの症例にでも施行可能である。
特に、乳管内視鏡下腫瘤切除術と腫瘍内同注法は手技も容易で比較的安価であり、
一般的な治療法として確立しうると思われる。
 さて,乳管内視鏡の乳癌への治療応用であるか、
現時点ではまだ不可能であると言わざるを得ない。
しかしながら将来的には、微小な乳管内乳癌に対する内視鏡的治療
(レーザー焼灼や局注法など)を可能にしたいと考えている。
おわりに乳管内視鏡(Mammoscopy)の臨床的有用性について、
診断および治療の現状と今後の可能性を中心に述べた。
 従来、乳管内腫瘤に対する最終診断は、
観血的な腫瘤切除あるいは乳腺区分切除であった。
乳管内病変に対し、末梢乳管との交通を保ったまま、
侵襲少なく確定診断あるいは内視鏡的治療ができ、
なおかつ繰り返しの経過観祭が可能であるということは乳管内視鏡の大きな意義である。
 21世紀のMastologyの発展には、乳管内視鏡の普及・症例の集積と診断法・治療法の
さらなる工夫が必要不可欠であると考える。 ページ先頭へ

 
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