「ブレストケアナースの役割」
武石優子 乳腺クリニック長瀬外科看護師
(要旨)
近年、技術の進歩に伴い乳がん治療法も多様化し、その診療は複雑となってきている。
また、医療の質も問われるようになり、乳腺疾患を専門とした看護師(ブレストケアナース)の介在が必要であると考えられるようになってきた。
ブレストケアナースは、従来の外来や病棟に所属しない独立した存在として活動し、高度な知識と豊富な実践経験により、
乳がん治療に関するあらゆる場面に対応することが理想である。
現在、看護師の乳がん看護に対する関心や専門性の求められる分野であるという認識が高くなっており、
今後はブレストケアナース確立に向けたシステム作りが重要である。
(Key Words)
・ブレストケアナース ・乳がん看護 ・ナースカウンセリング ・QOL
(一)乳がん看護の現状
現在、医療の分野における専門制度化は、医師に限らず看護師においても進められてきている。
看護においては、1994年に日本看護協会認定の専門看護師・認定看護師制度が発足し、
1996年よりは各分野で専門の看護師が知識と技術を発揮し活躍の場を拡げている。
しかし、乳がんを専門とする看護師(ブレストケアナース)を育成・認定する制度は存在しておらず、その確立が待たれるところである。
欧米諸国ではブレストケアナースが乳腺診療において必要不可欠な存在として認められ、乳がん患者からの絶大な信頼を得ている。
なかでも英国におけるブレストケアナースの歴史は長く、1970年代半ばより始まり、
1976年、Dr
Peter Maguire が乳がん診療にスペシャリストナースを導入しその成果について研究した結果、
患者に大きく貢献することを発表、ブレストケアナースの確立とその育成に貢献したことが知られている。
1980年代にその活動は活発となり、1986年「乳がん治療に関するコンセンサス会議」にて、「乳がん診療において外科医は、
経験豊富な看護師によるカウンセリングを含めた診療体制をとるべきである」と提唱され、活躍の場を拡大していった。
1995年、BASO(英国腫瘍外科学会)にて「乳腺疾患管理のためのガイドライン」が発表され、乳腺疾患看護の責任と職務内容が明記され、
ブレストケアナースが広く認められ、確固たる立場を確立し今日に至っている。
日本においても、乳がん治療法の多様化によりその診療は複雑となり、また、医療の質も問われるようになったことで、
乳腺疾患を理解した看護師の介在が必要であると考えられるようになってきた。
このような考えのもと、2000年8月より関東の看護師を中心に「Breast
Care Nursing 勉強会」が行われるようになり、
2001年11月からは「関西 Breast Care Nurse 研究会」が開催されている。
乳がん診療に携わる看護師の声より誕生したこれらの会は、乳がん治療に関する知識を得る場となり、
看護技術の向上や情報交換の場としての役割も担っている。
また、日本乳癌学会総会においても、2001年より「乳癌看護セミナー」が学会と合同で開催されている。
2001年のセミナーでは「乳癌看護の現状と問題点」、2002年には「乳癌告知後のフォロー」をテーマに医師、看護師、
他のコメディカル、患者が参加しディスカッションが行われた。
乳がん診療に携わる医師とコメディカルが参加し、それぞれの立場で、患者を中心とした医療体制やケアについて討論できる、
この体制こそが乳がんの臨床に必要なことであり、セミナーの果たす役割は大きい。
現在、日本の乳がん診療における看護は大きく変わろうとしており、
ブレストケアナースの確立と育成に向けた活動がますます活発となっていくと思われる。
では、実際に日本の乳がん診療における看護の現状とはどのようなものであろうか。
現在の看護体制は外来と病棟に大きく分けられ、それぞれに所属する看護師がケアを行うことが一般的であるが、
現状の把握を目的に、筆者らが日本乳癌学会研修認定施設356施設を対象に行った乳腺看護についてのアンケートの結果では、
次のような外来・病棟看護の特徴と現状がみられた。
[外来で中心に行われている看護]
(1)医師からの患者・家族への病状説明時の同席
(2)説明後の患者に対する内容確認と質問への対応
(3)化学療法の副作用への対応と精神的ケア
[外来であまり行われていない看護]
(1)リハビリテーション指導
(2)内分泌療法、放射線療法に関する看護援助
(3)性生活に関するアドバイス
乳がんの告知は外来で行われることが多い現状から、外来の看護師は医師からの患者や家族に対する病状や治療の説明時に同席し、
その後、患者や家族に対し治療内容の確認や質問への対応を行っていた。
まだ数は少ないものの、乳がん告知後患者・家族に対し、看護師による説明や支援のための時間を設けている施設もみられた。
また、化学療法においては外来で治療を行う傾向となってきたため、副作用へのケアや精神的支援も看護の中心になっている。
行われていない看護として挙げられたリハビリテーション指導については、「病棟で行っている」「時間がない」を
理由に外来では対応できていない施設が多かった。内分泌療法や放射線療法に関する看護援助では、「医師に任せている」という
回答がもっとも多く、これらの背景には比較的その副作用が重要視されておらず、看護師自身の意識の低さも影響しているのではないかと推察された。
また、性生活に関するアドバイスでは、外来という限られた狭い空間に多くの患者が存在し、
患者も看護師も話をしずらい環境にあるため、アドバイスの対象として挙げられないのが現状であると思われた。
外来における看護体制としては、乳腺専門外来のある施設では患者の数に応じて専属の看護師が担当する体制がとられているものの、
一般外科外来の中で乳腺疾患を扱う施設では専属の看護師が担当する体制をとっておらず、施設による差がみられた。
[病棟で中心に行われている看護]
(1)リハビリテーション指導
(2)リンパ浮腫に関する看護援助
(3)術後の下着・人工乳房の紹介
[病棟であまり行われていない看護]
(1)医師からの患者・家族に対する病状説明時の同席
(2)内分泌療法、放射線療法に関する看護援助
病棟ではリハビリテーション指導、リンパ浮腫に関する看護援助、術後のボディイメージの変化に伴う看護援助としての
下着・人工乳房の紹介が看護の中心であった。
乳がん術後のリハビリテーション指導については、アンケート回収の得られたほとんどの施設で行われており、
看護師のリハビリテーション指導に対する意識の高さをうかがい知ることができたと同時に、
乳がん看護においてリハビリテーション指導がその方法は一定ではないものの定着していることも確認することができた。
リンパ浮腫に関する看護援助では、浮腫の原因や成り立ちについての説明はされていない施設が多かったが、
対処方法(マッサージ方法、機器やアームスリーブの紹介)については説明している傾向にあった。
術後の下着・人工乳房に関する情報の提供については、リハビリテーション指導に次いで多くの施設で行われていた。
これらの紹介は、術後のボディイメージの変化に伴う看護援助として一般化してきていると思われる。
病棟で行われている看護は、看護マニュアルとして作成されている施設が多く、その内容は病院または病棟が独自で作成したものであった。
外来で行われることの多い医師からの患者・家族に対する病状説明時の同席は、病棟では機会が少ないため行っていないとの回答が多かった。
内分必療法や放射線療法に関する看護援助は、入院中に治療が行われていないことが多いため、
看護師からの説明や指導がされにくく病棟では対応できていない施設が多いようである。
病棟における看護体制は、機能別看護制、受け持ち制など施設により違いがあり、乳がん看護の体制として特徴的なものはなかった。
しかし、チームに所属する看護師は乳がん患者を担当し優先してそのケアを行うことができる、
乳がんチームという体制をとっている施設がいくつかみられた。
以上のように、乳がん看護全体の傾向としては、「リハビリテーション指導」「術後の下着・人工乳房の紹介」
が中心となるものの、乳がん看護についての意識は高いものであることがわかった。
また、インフォームド・コンセント時の対応では、その際に患者や家族の状況や対応についての看護師間の情報提供や
連携不足を指摘するアンケート回答も多く、今後の課題であると思われた。専門性の求められる各治療法の説明については、
医師に任せている傾向にあり、看護師が行うこととしてはやや意識が低かった。各治療法(手術、化学、内分泌、放射線療法)に
おける看護としては、副作用への対応や精神的ケアが中心に行われているようであった。
術後のボディイメージの変化に伴う看護援助では、下着・人工乳房の紹介が一般的となっているが、
乳房再建に関する情報提供や相談については、外来・病棟ともにほとんど行われておらず、その理由としては、
主治医に任せている、形成外科医の不在、看護師の知識・情報不足を挙げていた。
しかし、乳房再建に関する患者の関心は極めて高く、看護師による情報提供、または相談に応じることが望まれており、
ニーズに対応できるような体制作りが必要である。
(二)ブレストケアナースの役割
最近では、乳腺を専門とするクリニックも存在するようになり、そこでは、外来・病棟の枠にとらわれずに乳がん看護を行っている。
具体的にあげると、
・医師から患者・家族に対する病状説明時の同席とその後の対応
・各治療(手術・内分泌・化学・放射線療法)に関する指導・副作用への対応
・形成外科手術、人工乳房・下着についての情報提供
・術後のリハビリテーション、上肢リンパ浮腫への対応
・治療経過に応じた精神的ケア
などであるが、ブレストケアナースとして充実したケアを提供するためには、現状の対応では十分ではなく、
今後は、以下に示す「ブレストケアナースの理想的な役割」を充実させていくことが重要である。
1.自己検診の必要性とその指導
日本において、乳房に関する教育はほとんど行われておらず、一般人の乳房に関する知識が少ないというのが現状である。
ブレストケアナースは乳房の解剖・生理など基本的知識とともに自己検診の必要性と指導を行うという啓発活動も、
その役割のひとつであると考えられる。
2.乳がん検診受診の推進
日本の乳がん検診の受診率は、他の先進諸国と比較すると非常に低く、乳がん検診へのマンモグラフィーの導入についても、
市町村単位で違いがあるのが現状である。乳がん死亡率を下げるためには早期発見が大切であり、乳がん検診が重要であることを説き、
一般女性の乳がんに対する興味を高めることも、ブレストケアの向上につながるものである。
3.告知時の同席とその後の患者・家族へのフォロー
現在、乳がん診療において、乳がんを告知されずに治療を受ける患者はほとんどみられず、看護師の告知時の同席とその後の
患者・家族への関わりは重要な役割である。告知時の患者や家族の状況を的確に捉え、精神的サポートとともに治療方法の選択
や自己決定を促す介入が必要となる。
また、患者をサポートする家族に対する関わりも深め、患者と家族が一体となって治療に向かっていくための体制を作っていくことが重要である。
4.治療における選択肢についての情報提供と意思決定への支援
乳がん治療の多様化かつ複雑な現状により、看護師も高度な知識とともに豊富な実践経験が必要とされるようになってきた。
各治療法に関する意思決定への支援では、医師の説明後に患者や家族の理解度を確認し、必要に応じて説明内容を補足し、
患者や家族が納得した治療を選択できるように関わることが重要である。
5.治療による副作用を最小限にするためのケア
各治療方法に伴う副作用や後遺症に対して、予測される副作用へ的確かつ迅速に対応するとともに、
後遺症を最小限とするための方策を実施し患者の不安を軽減していく。
治療前の副作用に対する対処方法の説明とともに、副作用症状の悪化時の連絡システムの整備も重要である。
6.乳房再建や術後の下着・人工乳房に関する情報提供
術後の下着・人工乳房に関する情報提供は従来より行われてきたが、最近では乳房再建に対する患者のニーズも高くなってきており、
看護師による情報提供やアドバイスも必要とされるようになってきた。
術後のボディーイメージの変容に対する患者の選択肢として、下着・人工乳房に限ったものだけではなく、再建の選択も可能であることを伝え、
必要に応じて乳房再建に関するアドバイスを行っていくことが重要である。
7.治療経過に応じた精神的サポート
個々の患者によりそれぞれ違った治療経過をたどるため、個別化した精神的ケアの提供が必要である。
患者は他の患者との比較や同じ治療を受けている患者の変化などにより、不安を強く抱く場合もあるため、
治療経過や予測される経過についてあらかじめ伝え、アドバイスすることにより、患者の不安を軽減し、精神の安定を図ることができる。
8.ターミナル患者への精神的サポート
患者や家族がどのようなターミナルケアを希望しているのかを、的確に判断し、必要に応じて患者または家族と面談を行いサポート体制を整える。
また、患者のみならず家族に対しても精神面のケアを行い、お互いが納得できる時間と環境を提供できるよう支援する。
9.患者会やサポートグループの紹介
現在、多くの患者会やサポートグループが存在しており、それぞれ特徴をもって活動をしている。
より多くの情報提供も必要であるが、患者の個性を考慮した情報提供も必要である。
乳がんの治癒率は他のがんに比べ高く、術後の経過観察期間も長いのが特徴である。
そのため、この長期観察期間に同病者との関わりをもつことで、情報の交換や互いを励まし合うなど、患者の支えのひとつとなる場合もある。
また、会やグループの紹介とともに紹介後の患者の状況を把握するための関わりも大切である。
10.財政的な支援やアドバイス
今日の医療システムにおいて財政的支援に関するアドバイスは、医療ソーシャルワーカー(以下MSW)が担当している施設が多い。
より専門的内容や手続きなどについては、MSWへ依頼するところではあるが、乳がん治療中の起こり得ることに関する支援システムを
情報提供していくことは必要なことである。
11.乳がん看護の研究、関連学会への参加
乳がん治療法は目まぐるしく変化しており、現存する治療方法の理解のみに限らず、最新の情報を入手するため、関連学会への参加は重要である。
乳がん看護の進歩のため、他の医療関係者の理解を得るためにも、研究・発表は欠かせないものである。
12.学生・看護師の教育
看護学生に対する指導とともに、臨床においては外来や病棟に所属する看護師に対して乳がん患者への関わりについてのアドバイスを行う。
(三)ブレストケアナース確立への問題点
乳がん看護の現状のみにとらわれず、患者を中心とした医療体制や看護体制を提供するための目標として学ぶべき点の多いものが、
英国のブレストケアナースの存在であると考える。
近年の乳がん治療の変化に対応していくためには、乳腺疾患を十分に熟知し、そのケアの経験が豊富なブレストケアナースの介在が
日本においても必要である。
しかし、日本におけるブレストケアナースの確立・育成のためにはいくつかの問題点が挙げられる。以下、各々の問題点について述べる。
・問題点@
まず1つとして、外来や病棟のいずれかに所属するといった看護体制の問題である。
これらに所属しない立場で看護師が臨床に関わる体制が確立しておらず、連続性のあるケアの提供を理想とする
ブレストケアナースが活動をする際に障害となってしまう可能性が高い。
現存する日本看護協会認定の専門看護師・認定看護師制度においても、その立場や活動の場を確約したものはなく、
個人が所属する施設の事情により異なってしまうというのが現状である。
質の高い看護を提供するためには、現在の縦割りの看護体制だけでは不十分であると考えられることから、診断、治療、
その後の経過観察期間、転移・再発時、ターミナル時といった乳がん患者が経験するあらゆる場面に、
連続して看護師が関わることできる体制作りが必要である。
また、患者に関わる他の医療スタッフとの連携がとれる体制を整えることも重要である。
・問題点A
2つめに挙げられる問題点としては、乳がん看護に関して、全国的に認められた基準が存在しないことである。
患者が常に一定のレベルの看護が受けることができると同時に、施設間での看護の格差をなくすためには、
全国レベルで認定された看護基準の存在が不可欠である。そのためには、医師および乳がん診療に携わるコメディカルも参加する、
日本乳癌学会を中心に看護基準を認定することが理想であると考える。
看護師の理解を得るのみでは、ブレストケアナースの役割や活動について他の医療従事者からの理解やサポートを得ることは難しくなり、
活動の推進に影響があるものと思われる。
日本看護協会、日本がん看護学会、日本乳癌学会といった全国的な組織のもとに作成された基準は、
ブレストケアナースに限らず、乳がん診療に携わる看護師すべての基準となり、広くその存在が認められるようになるのではないだろうか。
・問題点B
3つめとして挙げられる問題点は、ブレストケアナース育成のためのプログラムおよびこれを認定するシステムが存在しないことである。
これらを確立させるためには、乳がん看護基準の制定なしに進めることはできないが、これまでがん看護において単一疾患を対象とした
看護師の育成プログラムは存在しないため、現在の看護研修とは異なったものが必要であると思われる。
検査、診断、インフォームド・コンセント、手術、術後の治療・ケア、転移・再発、ターミナルといったあらゆる場面に対応できるよう
育成プログラムと同時に研修施設の確保も必要である。
また、これらを認定する組織の存在も必要不可欠である。
・問題点C
4つめとして挙げられる問題点は、ブレストケアナースが行う看護に対する診療報酬の問題である。
現在の保険診療システムはすでに限界を超えるところまできているのが実情であるとも言われており、
このシステム内に看護料を認定させるのは難しいように思われる。
しかし、プロ意識をもって、ブレストケアナースの仕事にあたるためにも、診療報酬を真剣に考える必要がある。
ひとつの例として、筆者が所属する施設では現在、ブレストケアナースの仕事としてナース・カウンセリングを行っているが、
これは予約制の自由診療形態をとっており、15分単位で料金を設定し、報酬を得ている。
・問題点D
最後に挙げる問題点としては、乳がん診療に従事する看護師自身の問題である。
ブレストケアナースの立場を確立していくためには、看護師自身が広く他の医療関係者や患者、
一般市民に対して、理解を得るための努力が必要である。
具体的には、乳がんに関連する学会や研究会、勉強会に積極的に参加し、最新の情報を取り込み、乳がん治療の現状や動向を理解し、
臨床に生かしていくこと、また、乳がん看護に関する研究を他の医療関係者が集う会において発表し、
乳がん看護の重要性とブレストケアナースの必要性について広めていくことが大切であると考える。
「まとめ
質の高い医療が求められるようになった現在、乳がん患者のQOLを考慮した総合的なケアが必要となってきているが、
患者のニーズとは異なり、医療者側の体制はまだまだ不十分で、治療とケアの連携がとれていない。
ブレストケアナースは深い知識と豊富な実践経験により、治療とケアを円滑なものとする役割を担うため、
理想的な患者サポートシステムの充実には必要不可欠な存在であると考える。
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