乳腺の良性病変には様々なものがあるが、良性腫瘍、乳腺症、腫瘍様病変に大別され、 表1のように分類される。
ここでは、日常臨床において最も頻繁に遭遇する増殖性腫瘍である、線維腺腫・
葉状腫瘍・
乳頭腫について述べる。これら腫瘍の多くは診断の際に典型像としてとらえることができるが、ときとして乳癌との鑑別が極めて難しいことがあり注意を要する。近年、生活様式の欧米化に伴い、おそらくはこれらの腫瘍がエストロジェンの影響を強く受けるようになったことが、診断を難しくした要因のひとつであると考えられる。
線維腺腫
【定義・病因】
線維腺腫は、臨床的に最も頻度の高い乳腺良性腫瘍で、一般的に若年(十代後半から三十代に多い)
に発症するといわれ、閉経後には頻度が少ないためエストロジェンの影響が示唆されている。近年、
女性のホルモン環境が変化し線維腺腫の好発年齢の高齢化が指摘されている3)。
また、ホルモン補充療法を施行している患者において、線維腺腫の発生頻度が高いことも報告されている4)。
【病理と分類】
病理組織学的には、末梢乳管と小葉の上皮および間質に生じる間質結合織成分(線維)と上皮性成分(腺)
の共同増殖で、間質と上皮の増殖のバランスが保たれていることと、上皮の二相性が保持されていることが特徴である。
またclonalityの解析からは、間質、上皮ともにpolyclonalであり、小葉の過形成と考えられている5)。
近年臨床病理学的に分類は不要とも言われているが、画像診断上差異が認められることもあり
下記のような分類が提唱されている2)。
1.[管内型] (intracanalicular type)浮腫状で高度な結合織成分の増殖により上皮性成分である乳管は圧迫され、
間隙状の細長い管腔を作る。陳旧化すると間質は線維化、硝子化傾向を示し、時には石灰化や骨化を呈する。
ときに良性葉状腫瘍との鑑別が必要となる。
2.[管周囲型] (pericanalicular type) 増殖した結合織成分に囲まれ円形管腔状の乳管がみられる。
3.[類臓器型](organoid type) 上皮性分が小葉構造への分化を示すもの。管状腺腫との鑑別が必要となる。
4.[乳腺症型] (mastopathic type) 上皮性成分が乳腺症と同じ形態を示すもので、
乳腺症の構成成分がアポクリン嚢胞、嚢胞、乳管乳頭腫症、硬化性腺症などが線維腺腫内に見られるものをいう。
乳腺症との鑑別が問題となるが限局性腫瘤のなかにあるか否かが鑑別点となる。
【所見】
(触診)症状は乳房のしこりである。限局性、表面平滑、境界明瞭な腫瘤として触れる。
可動性は良好。一般的には無痛性、孤立性であるが、ときに有痛性、多発性のものがある。
(マンモグラフィ)境界明瞭な均一のdensityを呈する腫瘤陰影として描出される。
若年者ではdense breastのため描出されないこともある。陳旧化した症例では、
粗大な石灰化を腫瘤内に認めることがある。
(超音波)境界明瞭、内部エコーは繊細均一、後方エコーは軽度増強または不変。
辺縁は平滑でしばしば外側陰影を認める。縦横比は一般的に低値である。
(穿刺吸引細胞診) 筋上皮を伴ったシート状の乳管上皮の細胞集塊と背景に裸核様の間質細胞が散在する。
(生検標本の肉眼所見)偽被膜に包まれた、充実性で白色から黄白色調のみずみずしい割面像を呈する。
【鑑別診断】
線維腺腫の典型例においては、超音波、穿刺細胞診にて比較的容易に鑑別できるが、
乳腺症型の線維腺腫ではしばしば乳癌との鑑別が困難である。
(図1、2、3)乳腺症型では、超音波所見上、内部エコーが多彩となり縦横比も高めであるため悪性所見と
とらえられやすく、また細胞診でもエストロジェンの影響により増殖の著しいものや一見すると細胞異型を伴った
ように見えるものが存在するためoverdiagnosisしやすい。
組織学的には、病理学的亜分類をふまえて診断することと、弱拡大において限局性腫瘤であることを見落とさない
ことが重要である。
【臨床的意義】
近年、好発年齢の高齢化、また、乳腺症型の頻度の増加により、限局性腫瘤を呈する乳癌
(充実腺管癌、粘液癌、髄様癌など)との鑑別が問題となる症例がある。
画像診断および細胞診において確定診断が困難な時には、組織生検が必要となる。
また、組織学的にも上皮増生の著しい症例が増えており一見すると増生した腺成分が異型を伴っているように
みえるが、線維腺腫内に癌腫が発生することは極めてまれである1)ことをふまえて診断、
および診療することが肝要である。
【治療】
線維腺腫は良性疾患であり、急速増大をみない場合には、経過観察だけで、切除は必要としない。
急速に発育する症例は、腫瘤切除術の適応である。
【予後】
急速増大をしめす症例においても切除後再発例は少なく予後良好である。
(付) 巨大線維腺腫(giant fibroadenoma):若い女性に発生する線維腺腫のなかで著しく大きな腫瘤をするもの、
若年性線維腺腫(juvenile fibroadenoma)細胞性線維腺腫(cellular fibroadenoma)ともよばれる。
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葉状腫瘍
【定義】
葉状腫瘍は、かつて"Cystosarcoma phyllodes" という名称で呼ばれていたが(1838年、Muller)、
本来のsarcoma としての性格をもつものはごく一部で大半は良性疾患であるため、"Phyllodes tumour"
と変更された(1981年、WHO)。6)
【疫学】
葉状腫瘍は10〜70才の女性にみられるが、好発年齢は、線維腺腫と乳癌との中間的年齢層、
つまり40才代に最多である。悪性葉状腫瘍は、全乳腺悪性腫瘍(乳癌を含む)の0.5%弱の頻度と、
比較的稀な疾患である。7)
【病理と分類】
その病理組織学的所見は線維腺腫と類似するが、上皮性成分に比し非上皮性線維性間質成分の増生が強く、
それにより病理標本上葉状の形態を示す。本腫瘍では非上皮性成分に悪性化を示すものがあり、
間質の細胞密度・細胞異型・核分裂像の程度・腫瘍辺縁での周囲組織への浸潤性により、
良性・境界病変・悪性に分類されている。1)悪性葉状腫瘍は乳房に生じた肉腫ともいうべきのもであり、
そのタイプにより悪性度・予後に違いが生じる。より悪性度が高いものは骨・軟骨化生を生じたものであり、
ほとんどの症例が死亡している。また死亡症例でその他特徴的な所見としては、著明な脂肪織浸潤であった。8)
【所見】
(触診)症状は乳房のしこりで比較的大きなものが多く、時には小児頭大にも育つ。多発を認めるものが多いが、
単発性のものもある。小さめの腫瘤では線維腺腫様であり、巨大なもの・皮膚潰瘍および炎症を伴ったもの・悪性度
の高いものでは境界不明瞭で可動性不良となるが、皮膚・胸筋への腫瘍性浸潤はみられない。その大きさにより皮膚
の変化(腫瘤直上の伸展・菲薄化、びらんや潰瘍)や皮静脈の拡張・増生がみられる。
腫瘍内で感染や壊死を生ずると自壊し皮膚外へ露出増殖し続ける。
(マンモグラフィ) 小腫瘤では線維腺腫に類似するが、大きくなるにつれ分葉状、
八ツ頭状となる。骨・軟骨化生を生じたものでは石灰化を認める。
(超音波)境界明瞭で結節状〜八ツ頭状、内部エコーはモザイク状で部分的に嚢胞様にみえることも多く、
後方エコーは軽度増強または不変で、外側陰影がみられる。
(穿刺吸引細胞診)良性〜境界病変では線維腺腫の所見とほぼ同様であり鑑別はできないが、
悪性ではそれぞれ化生した肉腫に準じた所見を示す。
(生検標本の肉眼所見)割面はその膨張性の発育を反映し、膨隆していることが多い。
小さな良性葉状腫瘍では線維腺腫と類似するが、大きなものの典型像は、被膜で覆われた八ツ頭状多結節性腫瘤で、
嚢胞状の腔隙を有する部の多発みるものである。
【鑑別診断】
小さな葉状腫瘍では線維腺腫との鑑別は困難であり、その経過(増大傾向や多発)により判断せざるを得ない。
大きなものでは、画像診断特に超音波では比較的容易に鑑別できる。
(図4、5、6)葉状腫瘍の良悪性の鑑別は細胞診で可能であるが、良性と線維腺腫の鑑別は不可能である。
最近、葉状腫瘍はダイナミックMRIにおいて特徴的な造影曲線を描くことが発表されその有用性が説かれている。9)
【臨床的意義】
葉状腫瘍における臨床上の重要なポイントとしては次の2点がある。
ひとつは、切除後再発を繰り返すもの・同時異時ともに多発するものでは徐々に悪性化していく症例が多いということ、
ふたつとしては、死亡例では比較的年齢がやや高く(平均48.3歳)、
急速増大をしめす症例(平均腫瘍径11.5cm、病悩期間30.3カ月)であった点である。8)
つまり、葉状腫瘍の患者においては、試験切除後も定期的な経過観察が必要であるということ、
急速増大をみる症例は悪性度が高いということを、念頭に置いて診療にあたるべきである。
【治療】
良性葉状腫瘍で増大傾向のないものは経過観察でよいが、増大傾向にあるもの・悪性葉状腫瘍を疑うものは、
手術の適応である。術式に関しては様々な意見があるが、悪性葉状腫瘍の検討においてもリンパ節転移陽性例は
ほとんどないことから考えて、少なくともリンパ節郭清の必要はない。
乳房全切除が必要か否かは賛否両論であると思うが、私見としては、腫瘤切除あるいは部分切除のみで充分である
(周囲組織への浸潤がないならば)と考えている。腫瘍切除に際して取り残しがあれば当然再発は生じるが、
通常再発と思われているものの多くは異時多発症例ではないかと考えられ、術後の経過観察が重要であろう。
【予後】
多くのものは予後良好であるが、ときに再発あるいは多発する症例がある。
良性、境界病変であっても悪性化に向かうものがあるが、この場合の悪性葉状腫瘍の悪性度は生命を脅かすほど
の高さではない。悪性葉状腫瘍中の死亡例の頻度は約30%であった。
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乳頭腫
【定義】
乳頭腫は、乳頭部腺腫、腺腫とともに良性上皮性腫瘍のひとつであり、
拡張した乳管内で毛細血管を有する結合織性の茎をもって乳管内に乳頭状に突出する増殖性病変である。
乳頭腫は通常、乳管内乳頭腫 Intraductal papilloma といわれ、多発したものを乳管内乳頭腫症
Intraductal papillomatosis あるいは多発性乳管内乳頭腫 Multiple intraductal
papilloma と呼んでいる。
また乳管が嚢胞状に拡張したものは嚢胞内乳頭腫といわれる。1)
【疫学】
乳管内乳頭腫は、日常臨床において最も頻度の高い良性上皮性腫瘍であり、好発年齢は、
40才代に最多で続いて30才代、50才代である。症状としては、異常乳頭分泌が多く、続いて乳房しこり、乳房痛である。
【病理】
病理組織学的所見上、乳管あるいは嚢胞内に毛細血管を伴う結合織性の茎を有する乳頭状増殖性病変であり、
その特徴としては、乳管上皮と筋上皮の二層性がみられること、真の篩状構造はみられないこと、
上皮細胞に異型がないこと、豊富な線維性間質をもつこと、ときにアポクリン化生を伴うことなどがあげられる。1)
【所見】
(触診)嚢胞内乳頭腫以外は腫瘤を触知することが少なく、異常乳頭分泌より気付くことがほとんどである。
分泌の性状は、血性・漿液性が多いが、水様・乳様であっても潜血陽性のものでは乳頭腫の存在は否定できない。
(マンモテック)分泌物中CEA値は低値であることが多い。
(マンモグラフィ)腫瘤、石灰化ともに認められないことが多い。
(超音波)拡張した乳管内あるいは嚢胞内に乳頭状の高エコー腫瘤像としてとらえられる。 (図7)
(乳管造影)拡張した乳管内あるいは嚢胞内に乳頭状の陰影欠損を認める。 (図8)
病変は限局単発あるいは多発であるが、乳管壁には影響を与えていないことが多い。
大きな乳頭腫では乳管を閉塞するため、逆U型の乳管途絶像としてみられる。
(乳管内視鏡)乳管内に単発あるいは多発する乳頭状隆起性病変としてとらえられる。
腫瘤の色調・形状は様々だが基本的には有茎性で乳管壁に影響を与えていない。 (図9)
(細胞診)細胞採取法は穿刺吸引のみならず、分泌物、乳管洗浄液、乳管内視鏡下生検がある。
乳管内乳頭腫と非浸潤性乳管癌との鑑別は非常に難しいがその鑑別点としては、核の張り具合と二層性の有無である。
癌では核が張り大きさがほぼ一様であるのに対し、乳頭腫の核では丸みを欠き大小不同がある。
これは通常の細胞診の良悪性の診断基準から考えると全く逆の所見のように思われるが、
乳腺の良悪の境界にあるような乳頭状病変においての特徴である。
また二層性(乳管上皮と筋上皮の存在)は非浸潤性乳管癌でもみられるが、
細胞集塊全体における筋上皮の割合は少ない。さらに (生検標本の肉眼所見)乳管内視鏡所見のそれに等しい。
【鑑別診断】
乳腺疾患における良悪性鑑別診断において最も難しいものが、乳頭状病変である。
乳管内乳頭腫の診断において有用であると思われる検査法は、超音波(乳腺専用機での)、
乳管造影、乳管内視鏡である。
乳管内視鏡では直視下の生検細胞診・組織診が施行でき、乳頭分泌を主症状とする乳頭腫の診断には最適である。
(図10、
11)
【臨床的意義】
乳管内乳頭腫における臨床上の問題点は乳癌と過大診断されやすいことである。
乳管内乳頭腫の診断の際には以上のことを念頭に置いて診療にあたる必要がある。
正確な診断を得るためには乳腺専門医の手にゆだねるべきであると思われる。
【治療】
これまでの乳頭腫(異常乳頭分泌を伴う病変)の治療は乳腺腺葉区域切除術が行われてきたが、
現在では乳管内視鏡下切除術や内視鏡下腫瘍内エタノール注入法等メスを入れない治療法もあり、
今後の選択肢のひとつとして覚えておきたい。10)
【予後】
乳管内乳頭腫は癌化することはほとんどないといわれ予後良好である。
しかしながら筆者は、乳管内乳頭腫の経過観察中同一乳管内に乳癌を合併した症例を数例経験しており
注意を要すると考える。
(付) 乳頭部腺腫(Adenoma
of the nipple):別名乳輪下乳頭腫症(subareolar duct papillomatosis)
とも呼ばれる。臨床的に乳頭のびらん、発赤、硬結がみられPaget病と誤診しやすいが、
乳頭部腺腫は閉経前に多くPaget病は老人に多いという発症年齢の違いが診断のポイントである。
腺腫:管状腺腫(tubular adenoma)と授乳性腺腫(lactating adenoma)に亜分類される。
管状腺腫は線維腺腫との鑑別が問題となる。
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文 献
1)坂元吾偉:乳腺腫瘍病理アトラス.1987;pp9-19,87-97,篠原出版、東京
2)長村義之,秋山 太 :乳腺生検診断-進め方・考え方.1997;pp120-127,文光堂,東京
3)岩瀬拓士,坂元吾偉,蒔田益次郎ほか:年齢から見た乳腺良性疾患-局麻下生検1,048症例の検討-.
乳癌の臨床 1990;5巻1号151-155
4)Rosen PP:Breast Pathology.1997;pp143-175,Lippincott-Raven ,Philadelphia
5)野口眞三郎,相原智彦,元村和由ほか:乳腺腫瘍のclonalityの解析.癌の臨床 1996;42巻13号1581-1587
6)Page DL, Anderson TJ : Diagnostic Histopatholory of the Breast.
1987;pp341-350,CLivingstone,London
7)渡辺進、梶谷鎧、坂元吾偉ほか:乳腺の悪性葉状腫瘍. 乳癌の臨床 1986;1巻1号122-124
8)長瀬慈村、坂元吾偉、秋山太ほか:悪性葉状腫瘍の臨床病理学的検討. 第54回日本癌学会総会記事 1995;537
9)森園英智、長瀬慈村、岩井武尚:乳腺葉状腫瘍の Dynamic MRI. 日臨外会誌1998;増刊号433
10)長瀬慈村:乳房の臨床ー乳腺疾患を理解するためにー 乳管内視鏡(Mammoscopy)の臨床的有用性.1997;pp164-173、医学の世界社、東京
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